江蘇大学ビジネススクールの学生さん達の参観

12月1日、中国の江蘇省にある江蘇大学のビジネススクールの学生さん達45名がヤマギシを訪問されました。

今年7月に江蘇大学の商工学部の学生さん達の訪問でしたが、今回は大学院の学生さん達です。

大学院は、大学を卒業して更に研究をしたい学生が進む所ですが、3年以上社会で働いて、更に知識を深めたい人達が入学してくる所でもある様です。そういう意味でビジネススクールなんですね。

それ故、若い人だけでなく上は50代の人も居て、会社の社長さんもいました。

今は中国の方が進んでいる事が多いのに何故日本にとの質問に、まだまだ日本に学ぶべき事が多い。

今の中国は人数が多いのでものすごい競争社会になっていて、知識・技術を一層磨かないと生き残れないのだそうです。

日本に来たい学生は、江蘇大学でも100人程いたが、その中で選別された方が来られた様です。

 

今回は最初に太陽の家を見て貰いました。

ヤマギシは老人ばかりと思われていたのです・・・・(^_^)。

母親や父親もいたので、子供と接して喜んでいましたよ。

 

 

 

 

そして豊里ギャラリーへ。

 

 

その後、洗濯館や和楽、ヤマギシの暮らし方などを簡単に説明。

 

 

それから豊里ファームへ。

ヤマギシのお店を見て貰うだけの積もりでしたが、イチゴやミカンを

買ってました。

 

 

牛肉の試食も。

以前の中国の人達は、ソフトクリームを食べなかったのですが、今の若い人は全く抵抗なく冷たい物を食べますね。

 

 

乳牛やバイオ発電装置を見学した後に、緑地公園の集いで野外食。

 

 

 

 

 

皆さん良く食べました。

焼きそばもソース味ではなく、塩味にしたらとても好評でとても美味しかったとの事でした。

日本食堂へ行っても量が少なく、この様に食べ放題はとても良かった様です。

 

 

今回、彼らはトヨタ自動車、アサヒビール、日本銀行、三重大(姉妹校になっている)、それとヤマギシです。

 

実顕地に来る前日の11月30日に三重大学で、沖永さんがヤマギシについての講演を行いました。

 

沖永さんが三重大で講演した内容を下記に載せておきます。ただ、全部を話さなかったそうですが。

(長沢)

 

 

私たちの村について紹介していこうと思いますが、この村は行政上の村では無くて、私たちの住んでいるところをお金の要らない仲良い楽しい村と呼んでいるので、あえて村と表現しています。この村について述べることは皆さんにはなかなか理解できないことかも知れません。しかし或いは、社会主義国の中国の方なら案外理解が早いかも知れません。この村の考え方は共産主義の考え方に似ている所があるからです。

最初に私たちの村の正式な名称から説明します。
ヤマギシズム生活豊里実顕地 農事組合法人
これが正式な名称です。
ヤマギシズムというのはヤマギシの考え方という意味です。ではヤマギシの考え方とは何か、これは後ほど説明しますが、そのヤマギシの考え方に基づいた生活を豊里という場所で実際に顕すという意味です。
農事組合法人というのは、農業での会社ということです。協同で農業経営をすることにその目的があります。

この村では子どもを合わせて約450人が一つの家族として農業を営みながら共同生活を送っています。個人の生活では無くて、集団生活です。1968年に設立されましたのでおよそ半世紀、来年がちょうど50年目の節目の年になります。

1953年に山岸巳代藏という人によって理想社会実現の構想が出され、それに同調共鳴する人達によって各地にヤマギシの村ができてきました。こういう村は現在日本のなかに11ヶ所あります。海外にも韓国、タイ、オーストラリア、スイスにあります。規模的には、明日見学する予定の私どもの村が最も大きく、小規模なのは数家族というところもあります。全国にある村はほとんどが農業を事業として取り入れています。これは農業という業種が共同生活に合っているという面もありますし、もともとの提唱者が農業での提案をしたということもあります。

ヤマギシの考え方について少しお話しします。
無所有という考え方。
この世にあるもの、宇宙自然はもとよりすべて誰のものでもないという考え方です。誰のものでもないということは誰が使っても良い、誰でも使えると言うことです。私のものというのは、ほとんど私の頭の中で作られているいわゆる所有観念によるものでだと考えます。例えば、私が今着ているこの服は私のものとしてあるのでは無く、ただ服としてある、それを私が使っている、別に所有しなくても使えると言うことです。
生活をするには物が必要です。しかし、その物は持たなくても所有しなくても自由に使えればいいと考えます。ですから自分の物が減る心配、穫られる心配はいらないのです。

私たちの使っている衣類にはそれぞれの名前がついています。これは私の物と言う所有の意味では無く、私が使っているという意味です。ですから洗濯に出せば私の所に帰ってきます。しかし、常に使える状態に置いておくことも大事なことで、衣類室に行けば、誰もがいつでも使えるように用意されています。私が中国に行くときなら、よそ行きの服を私がいつも持っていなくてもその衣類室に行けば中国向けの衣類を用意してくれます。もちろん、バッグや靴も同じ事で、一人が全部持っていなくてもいい仕組みです。

報酬なし、分配なし
仕事をしたらそれに見合う報酬を受け取るのが今の社会ですが、この村にはそういった報酬や見返り、分配というものがありません。自分の分け前を主張するのは他人同士の間柄だからです。従って、給料というものはありません。この仕事をしたからいくらお金が貰えるというように考えて仕事をしている人は一人もいないです。
このお金のために働かない、給料が無いというのは実はとても快適な人の間柄を作ります。給料差が無いので、偉い人が産まれません。偉い人が居なければ命令もありません。監視も要りません。

対立無し、仲良し
もともとは宇宙自然人間を含めて一つのものではないかと云う観方に立っています。
こういう集団生活が五〇年も続いているのは、村人みんなが仲が良いと言うことが挙げられると思います。実際にこの50年、ケンカやいざこざをほとんど見たことがありません。人と人の仲が良いと言うことは、家族であると言うこと、たとえてみれば1人の人間の右手と左手がケンカしないようなものです。社会的にみれば、個人と個人、は独立したもので無く、社会全体が一つの体、一体社会と見ます。

専門分業
集団生活の利点は1人で何もかもやらなくても自分に適した仕事や作業に打ち込めることです。生活面も産業面もそれぞれの持ち味に応じて専門分業化して、野菜を作る人、食事を作る人、衣類を見る人、子どもの世話をする人、みんなそれぞれが自分に合った役割や持ち場について助け合いながら生活していきます。仕事から帰れば、温かいお風呂が待っているし、美味しい食事が用意されています。

研鑽
私たちは研鑽と言うものを大事にしています。研鑽というのは、本当はどうかと絶えず調べ究明する生き方です。何かを決めるときも、多数決に寄らないで、みんなが納得するよう話し合います。これが絶対とか、これが最終としないで、どこまでも調べていく姿勢のことです。特定の人や偉い人が、年配の人が言うからそれが正しいとしないで、みんなの知恵を持ち寄って、誰の意見にも謙虚に耳を傾けて、本当はどうかと調べていく生き方です。私たちの話し合いは研鑽会とよんで生活の根本をなしていく重要な要素となっています。
この話し合い、研鑽を進めていく上で大事なことは、感情的にならないと云うことです。腹が立たないと言うことです。話し合いをするにしても、感情的になっていては話が進みません。

この村の構成員になるにはというところを紹介します。
この構成員、私たちは村人と呼んでいますが、こういったヤマギシ独自の生活をするためにはヤマギシの考え方に対する理解が必要です。村に入ってから理解を深めることもありますが、入る前に無所有、無我執、一体の境地になっていることが必要で、そのため、まず1週間の講習会があって、その次に2週間の講習があります。その3週間でヤマギシズムを良く理解し、いわば革命された人がこの村に入ることができます。このとき、全財産を村の一つ財布に入れることはいうまでもありません。
一時期、人が大量に入ってきた時期がありますが、今は日本の社会的状況によるものか、入る人はとても少なくなっています。

私は今年70歳になります。この村に入ったのは22歳の時でした。ですからこの村の歴史と共に歩んできたことになります。私がこの村に入った頃は日本の社会も騒然としていて、学生運動が盛んで、そのため学生運動の経験者などの学生が多くこの村に入った頃でした。
私もご多分に漏れず学生半ばでこの道に入りました。今ではこの村も私たちの子ども達の年代がおもに活躍しております。
私たちには大きな理想があります。それは世界中の人誰もが幸せに暮らせる社会を実際に作ることです。そのためには所有が無いことが一番だと思っています。人と人との分け隔てが無いことが肝要です。
しかしながら、私たちはまだまだ未熟な者の集まりです。理想は良いが現実はどうかと言えば、色々な問題に直面しながら試行錯誤を繰り返しているのも現実で、常に問題なくスムースに事が運んできたわけではありません。
ただ確かなことは、この小さいけれども共産主義社会に似たこの試みが、資本主義社会の日本の中で、50年続けられてきたのは、最初に掲げた大きな理想と目的をずっと持ち続けてきたからでしょうし、初志貫徹、そこに向かって進んできたことが今の私たちを育ててきたのだと確信しています。

一つの農場としてみれば、なんの変哲も無い普通の農場であり、共同生活体ですが、そこで顕そうとする秘められた私たちの想いを汲み取って頂ければ、この上ない歓びであります。